ヨハネス・グーテンベルク
ヨハネス・グーテンベルク(Johannes Gensfleisch zur Laden zum Gutenberg、1398年ごろ-1468年2月3日)はドイツ出身の金属加工職人。1445年頃に活版印刷術を発明。1455年に初めて旧約・新約聖書(ラテン語版)を印刷したことで知られる。これが『グーテンベルク聖書』である。グーテンベルクの開発した印刷システムは急速に普及して、大量の印刷物を生み出し、ルネサンス期における情報伝播の速度を飛躍的に向上された。
印刷技術は羅針盤、火薬とともに「ルネサンス三大発明」の一つにあげられる。「活版印刷の発明者」としてグーテンベルクは現在でも人気があり、1999年にA&E ネットワークが選定した「紀元1000年代の人」ランキングで一位に選ばれているほどである。
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グーテンベルクはドイツのマインツの貴族の家系に生まれた。父はフリーレ・ゲンスフライシュ・ツア・ラーデン、母はエルゼ・ヴューリヒであった。父フリーレが1427年ごろにグーテンベルク屋敷と呼ばれた住居を手にいれて、そこで暮らしたことから、一族は以降「ツム・グーテンベルク」という名前も名乗るようになる。13世紀以降、グーテンベルク一族は冶金業と商業に従事していた。父母の間には長男フリーレ(後に市参事会員)、長女エルゼが生まれ、次男として生まれたのがヨハネスであった。(グーテンベルクの人生についてはほとんど知られていなかったが、19世紀にアロイス・キュッペル(Aloys Küppel)博士が初めて本格的な研究を行い、以降、教会や市の記録をもとにしてグーテンベルク一族の研究が進められた。)
当時のマインツでは市民と貴族の間で争いが繰り返されていた。そのあおりでグーテンベルク一家は1411年以降、他の貴族たちと同じように、何度もマインツを離れてエルトヴィル・アム・ラインへ逃れることを余儀なくされた。そのころ、ヨハネスがエルフルト大学に学んだ可能性もある。1419年に父フリーレが世を去り、一家がマインツに戻ることができたのはようやく1430年になってからであった。